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前回の記事に、柳下恵のことを書きましたが、

今回もそうです。



与謝蕪村の俳句に、


柳にもやどり木は有柳下恵  蕪村


という句があります。



一応書いておきますと、

このやどり木というのは、冬の時期にに山へ行ったりしますと、

大きな木のてっぺんのあたりに、鳥の巣のようなものあるでしょう?

あれのことだと思えばいいです。


大きい木の栄養分に依存して生きているのです、

大きな木の上にあるあの鳥の巣のようなものはね。


鳥が大きな木の上に、

このやどり木の種の入ったウンチをするので

木のてっぺんの方に

このやどり木が宿ることになるとかなんとかだったと思います。



岩波文庫の「蕪村俳句集」に載っているのですが、

この句の解説にこう書かれてあります。




柳下恵


魯の賢人。

寒に苦しむ女を泊め抱き暖めて憐れみを垂れたが、

恵の徳あるを知る魯の人は、

これを乱れた行為とはしなかった。

(『孔子家語』二)。




こう書かれてあります。


やっぱりこの柳下恵のことが好きだな、真吾オジサンはね。



孟子が「慎みが足りない」と評した柳下恵なのですが、

これにしたところでそう評されそうにも思うのですが、

形式に全く拘らない仁愛とでもいいますか、

こういうのは真吾オジサンなどはそう嫌いにはなれないですね。



柳下恵のこのエピソードを

「平生の行いが大切というもんだな、これは」

と教訓的に受け止めるのもいいと思うのですが、

どうもこういう受け止め方は野暮臭いようにも思いますね。



儒教では仁を非常に重視しますよね。


「では、仁とはなんぞや?」

ということをはじめだしますと、小難しい話になりもするのですが、

真吾オジサンなどは、感情的には

柳下恵のこういうのを仁・仁愛と思いたいようなところはありますね。



なんて言えばいいのでしょうね・・・


お役所の仕事のように矢鱈に形式は整っているものの、

ほとんどただの形式主義になっているに過ぎないことよりも、

仁のような心さえあれば、形式などはどうでもよし、

形式などはそう大した問題ではない・・・


こういう方が真吾オジサンなどはどうも好きですね。 



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